無印結婚物語

群ようこ作  角川文庫


あらすじ

無印シリーズの二作目です。
短編で、いくつものお話が入っていて、続き物は一つもないので、どこからでも楽しめます。


面白さは口で伝えにくいので、少しだけ文章を抜書きしてみます。



『妻の心、夫は知らず』

自慢ではないが、私の夫は五歳年下である。
背も高いし、顔もかわいい。
結婚して一年、波風もたたず、平凡だが本当に幸せな毎日であった。

「こんなに幸せでいいのかしら」
とつぶやいたのも一度や二度ではない。


彼はかつて会社で私の後輩であった。

ところがそこは社内結婚すると、どちらかがやめなければならない不文律があった。
結婚後も勤めたかった私はその問題と直面したのだが、彼は平然と、

「女の人が二十九歳で転職するのは大変だから」

といって、未練もなくさっさと会社を変わってしまった。


若干二十四歳にしてこういうことがいえるなんて何て素晴らしい人かしらと、
うっとりと惚れ直してしまったくらいだった。


私たちの間には何の問題もなかった。

ところが最近、うちのかわいい夫にまとわりつき始めた変な奴のおかげで、私は非凡な毎日を強いられているのである。



蒸し暑い日に残業をして、やっとの思いで十時過ぎに家に帰ってきた私は、ぱぱっと服を脱いでスリップ姿でクーラーの前で涼んでいた。

ぼーっと口を開けて放心状態だった私の耳に、電話のベルが鳴り響いた。
受話器を取ったら彼だった。

「これから会社の友だちをつれていくから、何か準備しておいてくれないかなあ」
とすまなそうにいう。

かわいい彼のいうことだから、
「うんわかった」
といって電話を切ったものの、私は自分のスリップ姿にあわてて、意味もなく2DKの部屋のなかを右往左往した。


部屋の掃除をちょっとおこたっていたのは、古タオルで目立つホコリを拭いて掃除をしたことにし、あちこちにころがっているがらくたは全部押し入れに放り込んだ。


今まで彼は外でお酒を飲んでくることはあっても、友だちを連れてくることはなかった。
私は妙に緊張した。

もしも私に何かそそうがあったら、彼が陰で何かいわれてしまう。

というのも、会社の男性が、
「〇〇の奥さんって、何でいつもあんなにジャラジャラいろんなものをつけてるんだ」とか、
「料理が下手」
「化粧が濃い」
などと陰口をたたいているのを何度も耳にしたことがあるからだ。


私のせいで彼がそんなことをいわれたらかわいそう。
だけど具体的に何をやっていいのかわからない。

とりあえず冷蔵庫の中をひっかきまわして、なんとかおつまみの準備をし、顔面におしろいを叩きつけて、興奮して彼の帰りを待っていた。



「ピン、ポーン」

とチャイムが鳴ったので、私はひとつ深呼吸をしてドアを開けた。


「おかえりなさい」
「ただいま」

にこにこしている彼の後ろには、感じのいい青年がいた。
目もとが涼しい、なかなかのハンサムである。

(わーい)

急に私は心がなごみ、
「さあどうぞ、おあがりください」
といって、スリッパを出した。


ところがその後ろからもうひとり、黒い人影がぬーっと出てきた。

わっと思ってあわてて顔を見ると、顔じゅう毛だらけで人相が悪く、着ているものもよれよれのだらしない男が、突っ立っているではないか。


(あっ・・・・・・、押し込み強盗・・・・・・)

冷や汗がでてきたが、その男も、
「どーも」
といって、ずかずか上がりこんできた。


(えっ、あの人も友だちなの・・・・・・)

極端な二人の友だちを見て、私は首をかしげてしまった。

ひとりはメンズノンノのモデルにしてもいいくらいの青年。
そしてもうひとりは交番の掲示板に貼ってある手配写真の犯人にそっくりで、おでこに、
「ご協力ありがとうございました」
という紙を貼りたくなるような顔をしている。
おまけに足が臭い。
私は呼吸を止めてドアを閉めた。


ハンサムな青年の名前は「純」くんといった。
顔面と名前がぴったりだった。
犯人の名前も聞いたが、興味がないのですぐ忘れた。


「いやあ、奥さん、すいませんねえ。押しかけてきちゃって」

犯人は胡坐をかいて、窓ガラスが震えるような声でいったかと思うと、ネクタイをはずしてワイシャツを脱ぎ始めた。
純くんは恥ずかしそうにぺこりと頭を下げただけだった。

「あら、かまいませんよ」

純くんの目だけを見て、私はにっこり笑った。
純くんは新入社員、犯人は私と同い年の中途採用の社員だということだった。


「営業の達人でね。社長にその腕をみこまれて引き抜かれたんだよ」
彼は犯人のことを誉めちぎった。

「どはははは」
ビールの泡を吹き飛ばしながら、犯人はうれしそうに高笑いした。
「いやあ、奥さん。こんなこといってますけどね、彼もなかなか優秀ですよ」


(そんなこと、あんたにいわれんでもわかっとるわい)
まさかそうはいえないので、曖昧に笑ってごまかした。
きっと犯人は図々しく相手を押しまくって成績を上げているに違いない。


まじまじと犯人を眺めると、あらためて私の大嫌いなタイプだということがわかった。

体つきといい顔つきといい、なんだかとても暑苦しい。
いつも鼻息が荒い。
おまけに体じゅうの毛が、ずーっととぐろを巻きながらつながって生えているのではないかと思われるほど、毛深い。
うちの彼や純くんみたいに、そよ風のようなさわやかさなんて微塵もないのだ。


三人は会社のこと、仕事のことをああだこうだと話していた。
というか、犯人がひとりで大声でわめいていて、純くんと彼がうんうんと聞き役になっているといったほうがいい。・・・。


感想

軽い毒舌が心地いいお話ばかりで、思わず笑いがこみ上げてきます。
前作の、OL物語が気に入った人は、多分この結婚物語も気に入ると思います。
相変わらず、冴えた言い回しですね。
上のお話では、彼の友だちを「犯人」と呼ぶところが楽しいです(笑)

彼にまとわりついた変なやつ、というのがこの「犯人」なわけで、
この後さらにうっとおしい行動を取るのですが・・・
本当にこんな人が近づいてきたら、嫌だな〜と笑いつつ見てしまいます。


現実感がありながらユーモラスなところが、
無印シリーズの面白さですね。



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