トムは真夜中の庭で

 フィリパ・ピアス作 高杉一郎訳  岩波少年文庫


あらすじ
夏休み、弟のピーターがはしかにかかったため、おばさんの家に預けられることになったトムは
はしかにかかっているかもしれないからと、どこへもでかけられず、閉じこもって生活することになってしまいます。

おばさんの家は、昔邸宅だった家を区切ってアパートにしているそのうちの一つで、庭もなく、
トムが興味をひくものは何もありません。

ところが、退屈しきって夜も眠れなくなってしまったトムを憐れむかのように、
ある夜、備え付けの大時計が十三回目の時を鳴らしたのです。

それは、邸宅のホールに置かれた、間違った時を鳴らす大きな古い置時計で、
トムを裏口へといざないます。

裏口のドアから広がる大きな庭園は、まさにトムが求めていた楽園そのものでした。


なぜか昼間には消えてしまう不思議な庭園で、トムは思う存分かけまわり、木登りをし、いろいろなものを眺めて楽しみます。

庭園の時間や季節はまちまちで、そこに現れる何人かの人物には、トムの姿は見えないようです。

そんな中、唯一自分の姿が見える女の子ハティと親しくなったトムは、
彼女と一緒にいつまでも庭園で遊んでいたいと思うのですが・・・。



感想
夜にしか現れない不思議な庭園。

なんとも幻想的で、ときめくような設定です。

トムにしか見ることができず、トムだけが知っている秘密の場所。
そこでトムは、ひととき幸せな時間を過ごすことができるのです。

庭園の描写が細かいため、まるで自分もそこにいるような気持ちになれますが、
私は植物に詳しくないので、誰かにナビゲーターをしてもらいつつ庭園のお花めぐりをしてみたいです。
季節が移り替わるのも、本当に生きている場所のようで素敵です。

そして唯一自分の姿を見れるトムにとってのハティと、
唯一自分と一緒に遊んでくれるハティにとってのトムは、お互いがなくてはならない大切な存在。

できるだけ相手を怒らせたり傷つけたりしないように気遣いながら、歩み寄っているのがほほえましく、好きでした。


あるとき、トムは塀の上に登って外を見渡したことがありました。
外の風景は広々としていて、大きな川が流れて、とても気持ちがいいものでした。

おばさんたちの住む元邸宅は、まわりにごちゃごちゃと家々が立ち並び、とてもこの景色は見られません。

塀の下から見上げるハティも、好奇心でいっぱいで、何が見えるのかを尋ねます。
「きみが自分で見られるといいのになあ」とそのすべてを言葉で伝えるのは無理だとトムは思うのです。

その時ハティの世界はこの庭園の中だけでした。


物語の終わりごろ、今度は本当に外に出て、凍った川をスケートでハティと一緒に下ることになります。

自分の足で、外の世界に出ていくハティの姿に、ああ、変わったんだと驚かされます。

トムの世界と、ハティの世界の時間の流れの違い。

それがとても切なくて、さみしくて、トムと同じように「また昔のハティと遊びたい」と強く思ってしまいます。


しかし、悲しい話かというとそんなことはなく、ハティは少しずつ変わって行っても、トムを子ども扱いしないため
いつまでも対等に話ができるのであまり違和感がありません。

だからずっと、二人は友達でいられます。

そうである限り、きっと来年もまた、トムはここにきて、あの庭園で遊ぶことができる・・・
そんな気持ちになります。


このお話は私の大好きなお話で、特に読後感がいいです。
繰り返し繰り返し何度も読んで、何度読んでも楽しいし、温かい気持ちになれます。

そして読むたびに、私も子供のころこんな庭園で遊びたかったなあ、と思います。



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