カードミステリー
ヨースタイン・ゴルデル作 山内清子訳 徳間書店
あらすじ
十二歳のハンス‐トマスは、お父さんと一緒に、アテネでお母さんを捜す旅に出ます。お母さんは、彼が四歳のときに、自分を見つける旅に出てしまいました。
それから八年、何の音沙汰もなかったお母さんを、ファッション誌で偶然発見し、それで二人は連れ戻しに行くことにしたのです。
アテネまでの間、お父さんは何度もタバコ休憩をしながら、息子に講義をします。
お父さんは元船乗りですが、同時に哲学を愛していました。
哲学についての様々な講義を聴くのは、ハンス‐トマスにとっても楽しいことでした。
スイスへの国境で、ガソリンスタンドに立ち寄ったとき、そこにいた背の小さい男から、ハンス‐トマスは小さなルーペをもらいます。
その後、ドルフという小さな村についた二人は、そこで一日ばかり休むことにし、ハンス‐トマスは町外れにパン屋を見つけます。
パン屋には変わった雰囲気の老人がいて、丸パンをくれました。
そしてそのパンから、豆本が出てきたのです。
豆本は小さく、ルーペでやっと読めるくらいでした・・・。
タイトルは、『プルプルソーダと魔法の島』
それはとても長い物語でした。
「息子よ」と、呼びかけるような形式で、その物語は始まります。
そして、この不思議な物語を、自分が「君」に伝え、「君」がそれを受け継いでゆくのだと言います。
書き手の名前はルートヴィヒという男の人で、まず彼の話が語られます。
彼が戦争後、ドイツからスイスへと渡り、ドルフへ流れ着いて、パン屋に助けられたこと。
そのパン屋は名前をアルベルトといい、ルートヴィヒをずっと待っていたようなのです。
そして、数ヵ月後、アルベルトは長い話をルートヴィヒに語ります・・・。
その日に聞いた話は本当に特別なものでした。
まず、アルベルトの生い立ちと、それから、自分の前にここにいた、パン屋のハンスのことを教えてくれたあと、パン屋のハンスが、自分に打ち明けた秘密のことを話し始めます。
そして、パン屋のハンスがアルベルトに話したことこそが、アルベルトがルートヴィヒに伝えたかったことだったのでした。
それは、ハンスが、不思議な『魔法の島』に行ったときの話でした。
ハンスは元船乗りで、その島に着いたのは、乗っていた船が転覆して、漂流した後でした・・・。
そこで、ハンスは、不思議な人間たちと出会います。
彼らはまともにしゃべれず、意味不明なことばかり言い、よく見ると、みんなマークとボタンのついた服を着ています。
スペード、ハート、ダイヤ、クラブ・・・そして、二つとか三つとか、ボタンの数がそれぞれ違っています。
それはまるで、トランプそのものでした。
ハンスは、ここは精神病者が暮らすところなのではないかと考えます。
しかし、まもなく、フローデという人に会ったとき、そうではないことがわかったのです。
フローデは、ハンスに答えました。
驚くことに、さっき出会った人間たちは、もとはトランプで、フローデの空想から生まれたのだというのです。
フローデも船乗りで、漂流して、五十二年間この島で生活しているのだと言います。
そして、その間ずっと一人ぼっちで、持っていた一組のトランプで遊ぶうちに、人恋しくてたまらなくなったのだと。
そして彼は、トランプの一枚一枚を人間に見立てて、それぞれ性格付けをして、まるで五十二人の人間がいるように空想したのです。
そして、どうしてなのかはわかりませんが、
ある日、突然彼らは、フローデの空想から抜け出し、動き出したのです・・・。
ハンス‐トマスは、この豆本に夢中になります。
パン屋の老人に、秘密にしてくれと言われたので、豆本のことはお父さんに内緒です。
どうして、あの老人が、自分にこの豆本をくれたのかはわかりません。
そして、あのルーペをくれた、背の小さい人のことも。(ハンス‐トマスは彼を小人と呼びました)
しかし旅の最中、ハンス‐トマスは何度もあの小人に出会います。
お父さんはまったく信じてくれませんが、なぜか、ハンス‐トマスにはあの小人だとわかるのです。
不気味に思いながらも、旅は進んでいきます。
そしてその中で、ハンス‐トマスは暇があれば豆本を読み続けました。
豆本の、魔法の島のトランプたちは、フローデが作ったプルプルソーダという飲み物を飲み続け、頭がおかしくなってしまったのだと、フローデは言います。
プルプルソーダは、この世のすべての味を味わうことができる、世界中で一番おいしい、最高の飲み物です。
しかしその反面、飲み続けると、それこそ麻薬のように、それ以外のことが手につかなくなり、夢も現実もごちゃ混ぜになる、恐ろしいものでした。
それに気づいたフローデは飲むのをやめたのですが、トランプたちはやめなかったため、今ではあんなにおかしくなったのだということでした。
魔法の島の生活は、それでもジョーカーが来るまでは、割と平和でした。
ところがある日、ジョーカーがやってきてから、不吉な影が忍び寄ってきたのです。
ジョーカーは、フローデに疑問を投げかけます。
「自分たちを創ったのはいったい誰なのか」と。
「どうして自分たちはここにいるのか」と。
今まで、質問をされたことなどありません。
トランプたちには、考えることができないのです。
不思議に思うことなど何もないのです。
けれども、ジョーカーは違いました。
ジョーカーには、他の人に見えないものが、見えていたのです・・・。
豆本の世界と、ハンス‐トマスの世界は、別のものでした。
別のものだと、ハンス‐トマスは思っていました。
しかし、読み進めるうちに、豆本の世界が、現実と深いつながりがあることに気づき始めます。
そしてそれは、自分たちに、ものすごく関係があるということも・・・。
ハンス‐トマスが豆本を読み終わったときに、そして、アテネでお母さんを見つけ出したときに、そのすべての謎が解き明かされます。
そしてそれは、遠い過去から未来へと続いている、不思議な運命の物語でした。
感想
とっても面白いです!!トランプという、ものすごく身近なものから、深いファンタジーができてしまうのは、本当にすごいですね。
そして、豆本も面白いけれど、同じくらい、ハンス‐トマスとお父さんの旅も楽しいと思いました。
自称哲学者のお父さんは、旅の中で幾度も、哲学講座を披露します。
その度に、ありふれて気にも留めないようなことが、魔法のように不思議な世界に変わるのです。
お父さんは、妻を連れ戻しに行くという目的以外にも、哲学者のふるさと、アテネへ行ってみたいという望みがあるのですが、ときに子供っぽくなるところが、とても魅力的です。
また、お父さんのお酒好きをストップさせようとする、ハンス‐トマスのしっかりしたところも釣り合いがとれています。
この本はファンタジーとしてとても面白いですが、根底に、家族の絆が描かれているところがさらに好きなところです。
ハンス‐トマスのお父さんは、トランプのジョーカーを集めるのが趣味です。
哲学者は、みんなトランプの中のジョーカーだ、というのが彼の考え方でもあります。
何となく素敵な考え方なので、私的に気に入ってしまいました。
この本を読み終えた人はみんな、ジョーカーになってしまうのではないでしょうか?
この本を読んで、もっと哲学のことを知りたい(簡単でわかりやすい内容の)、と思った人は、同じ作者が書いた、「ソフィーの世界」もオススメです。
カードミステリーのあとがきで、「こういう体験をしたハンス‐トマスなら、哲学の本を読みたくなるだろう、でも、十二歳の子供にわかる哲学の本はない。それなら自分が書こう」と思って書いた本、と語っています。
その通り、とてもわかりやすくて面白いですよ。